「探偵ナイトスクープ」で、6年前に亡くなった母の遺品の匂いから香水を特定して欲しいという依頼。結局「レールデュタン」という香水と判明し、人に付けた方が解り易いと見知らぬ女性に付けると、依頼人の女性が「母の匂いです」と抱きつき号泣。香水の日本名は「時の流れ」らしい。良い番組。
心配性とは「生きるエネルギー」なのだ。そして、心配性だからこそ、考え方、行動の仕方しだいで、物事はうまくいくのである。
以前私は友人から
「娘が二つの大学に合格したのだがどちらにいれたらいいのだろう?」
と相談されました。
私が「どこの大学に受かったの?」と聞くと
「ハーバードとスタンフォード」という答えが返ってきました。
どちらも世界トップクラスの大学です。
それにしてもどのようにして合格させたのでしょうか?
私は気になって訪ねました。
友人は「特に何もしていない」とのこと。
ただ、彼は娘さんに
幼い頃からなんでも説明させてきたそうです。
それを聞いて私は納得しました。
子供は「赤信号でなぜ止まらないといけないか」などと
何気ない疑問をいだきます。
そこで「どうして止まらないといけないと思う?」
と説明させるのです。
もし子どもが「危ないから」と説明すると
そこで「なぜ危ないの?」と、さらに問いかけます。
そうやってどんどん説明させるのです。
仮に相手の答えが間違っていても構いません。
とにかく疑問を持ってどんどん説明させるのです。
最初は戸惑うでしょうが、
慣れてくると次第によどみなく答えるようになってくるはずです。
子供の頃、大事にしてた3センチくらいの木製のこけしを、家族で川に
遊びに行ったときに持っていったら流されてなくしてガッカリしてしまった。
それからしばらくして、偶然家にあったクリスマスの絵本の中のサンタの
荷車の上に、それと全く同じこけしの写真(他数点)が載っていた。
それほど大量生産されたこけしでもないと思うんだけど…
サンタさんが持って行ったんだ、と思って納得したな。
腰の据わっていない秀才よりも、腰の座っている阿呆のほうが、結局は人生を有意義に過ごすものだよ
命があるから、生きているのであって、なにかを成すために生きているのではない
つらいときは美味しいものを食べてゆっくり寝て、できればちょっとの無駄遣いをするのだ。
NHK連続テレビ、主人公の「わたし、内科に進みたいんです。人が好きだから、一番人に向き合えるのは、内科だと思うんです!」というキラキラ発言を、医局にいる内科以外の医者が全員無言で眺めてスルーしてる。
昔あるところに旅をしている僧侶がいた。
ある日僧侶が道を歩いていると、雀が蛇に捕らえられている。
雀が涙を流しながら僧侶に命乞いをするので、
僧侶は雀を不憫に思い、蛇に語りかけた。
「その雀はまだ若い。私の腕の肉と交換に助けてやってくれないか」
すると蛇は不思議な天秤を持ち出すとこう言った。
「これは命の重さを量る不思議な天秤だ。
この雀と釣り合うだけの肉を差し出せば雀を助けてやろう」
僧侶は少し訝しげに思ったが、涙する雀を見てその交渉を呑むことにした。
僧侶はまず腕の肉を少し削ぎ落とし、天秤の反対側に載せた。
肉は雀と同じくらいの大きさだが、天秤はピクリとも動かない。
更に肉を削ぎ落とし載せたが、やはり天秤はびくともしない。
次々と肉を削ぎ落とし、とうとう片腕を失ってしまった僧侶だが、
やはり天秤は一向に動く気配を見せなかった。
業を煮やした僧侶が自ら天秤に乗ると、ようやく天秤は釣り合ったという。
たまげた僧侶を尻目に、蛇は不適な笑みを浮かべて曰く、
「どうだ坊主。この雀の命は、腕の肉切れ一片で足りるとでも思ったか。
己の命も犠牲に出来ぬ分際で命を助けるようなぞ高尚なことをほざきおって、
おこがましくも哀れで愚かな人間らしいことよ」
呆然とする僧侶を横目に、蛇は雀と僧侶の腕を丸呑みし、どこかへ去っていった。
言葉をおろそかにするものは、必ずその報いを受けます。汚らしい言葉を使う人は、ますます汚らしくなっていきます。そのことはいつも自分にしっかり言い聞かせています。
手紙をもらって嬉しいと思わない人はない。マメに近況を知らせてくれる後輩を信頼しない者はない。旅先から欠かさず絵葉書をよこす部下を可愛いと思わぬ上役はまずいない。病気の見舞をいち早くくれた友人の行為をうるさいと考えるのは頭の変な奴でしょう。
対人関係のなかで傷つかないなど、基本的にありえません。対人関係に踏み出せば大なり小なり傷つくものだし、あなたも他の誰かを傷つけている。