男が頑張っているかぎり、会社が倒産しようが、仕事を解雇されようが、病を患わずらおうが、どんな状況に陥おちいろうとも、人生をともにする覚悟をもつことだと思うのだ。
彼女は絶対に俺を裏切らない。何があっても逃げ出さないという、絶対の信頼感や安心感とともに、魅力的な男であり続けなければならない必要性を感じてもらうことだ。さもなければこの関係は成立しないという緊張感が必要なのだ。
「イイ女っていうのは、どういう女かわかる?」「美人でスタイルがいい女」「まったくバカだね。イイ女っていうのは、また会いたくなる女だよ。あんたみたいな生意気な女と、また会いたいお客なんかいないよ。聞き上手で、明るくて、優しくて、楽しい人間になりなさい。ゲイを見習いなさい」
「”好かれる人”というのは”わかりやすい人”のことです。迷惑をかけるかけない、気遣いができるできないなんてのは大した問題じゃありません。人が一番避けるのは、言動や感情を他人に見せない、わからせない人です」というような文章を5,6年前に読んだんだけど、未だに思い出すたびウッてなる。
人が持つ最大の能力は、会うべき人と出会う能力。
去年、島根を車で走ってたら、のこぎり片手に切り倒したばかりの竹を引きずってる小学生がいた
あまりに異様な感じだったので話しかけてみたら、竹があれば竹馬だの弓矢だの、おもちゃをいっぱい作れるんだと
ここは昭和30年代かよとタイムスリップ気分だった
勝手に唐揚げにレモンをかける奴が許せないって人よくいるけど、ぶっちゃけ「レモンかけていい?」って聞かれて「いいよ」って答えたら俺の目にレモンかけてきた奴に比べれば全然許せる
ドストエフスキーの「罪と罰」の
下巻の売り上げは上巻の半分
小田急線で男女が大声でケンカしてる。どうやら女性は付き合うつもりだったのに男性の方がそのつもりがないらしい。男「悪いけど(名前)のことは妹にしか見れない。」という言葉に対して、女「妹にしか見れないならヤってんじゃねぇ!変態か!」と言われている。車内に確かにその通りという空気が。
ああ空が青かった、ということに驚く。
そういう無邪気な感動こそ、人間生命にとって貴重だ。透明な眼、心に人間の誇りが拡充されてゆく。
「考えてみたら『性格の不一致』なんて失礼な言葉ですよね。べつに一致する必要なんかないじゃないですか」
あるお坊さんが亡くなって、閻魔(えんま)大王の前に
引き出されました。
閻魔大王は言いました。
「お前は生前何をしていたか」
坊さんは答えました。
「尊い仏法を説いておりました」
閻魔、
「お前の説いていた仏法とはどんなことか」
坊さん、
「諸悪莫作(しょあくまくさ)衆善奉行(しゅぜんぶぎょう)」
(もろもろの悪をなすなかれ、もろもろの善を奉行せよ)
それを聞いた閻魔大王は即座に言いました。
「地獄へ行け!」
坊さんは地獄に落ちることになりました。
閻魔の判決は、とやかくの沙汰はありません。
一言で結審してしまいます。
坊さんは自分がどうして地獄に落ちることになったか
わかりませんでした。
悲しみにくれながら地獄への旅をつづけ、三途の川に出ました。
その河原で一息入れて、涙にくれておりました。
そこへ地蔵菩薩が現れました。
坊さんは地獄に仏とはまさにこのこととばかり、
地蔵菩薩に今までのいきさつを告げて、
「どうしてわたしは地獄に落ちなければならないのでしょうか」
とたずねました。
すると地蔵菩薩は慈眼をもって坊さんを見つめて答えました。
「極楽へ行って善悪を説いても意味がないではないか」と。
坊さんは自らなすべきことに、はっと気がついて、
一声大きく
「諸悪莫作(しょあくまくさ)衆善奉行(しゅぜんぶぎょう)」
ととなえ、足取りも軽く地獄へ向かったということです。
円高をいったいどうすりゃええんだか